昭和50年代に入ると車両の高速化、デラックス化が急速に進み、道央自動車道の開通延長と、それに伴う都市間高速バスの運行がこれに拍車をかけた。そして客席を運転席より高くして視野を広げ、テレビやマルチチャンネルシステムなどを装備したハイデッカー車や、これをさらにレベルアップしたスーパーハイデッカー車が次々に登場した。中央バスには、昭和50年に初めて高速観光車として1両(日野RV730P型車)、翌51年に高速路線車として日野RV730P型と、ふそうMS513N型が24両導入された。この車は出力300馬力以上で、足回り、ディファレンシャル、トランスミッションなども時速100キロの連続走行に耐えるよう設計されている。 |